BEER’S TALK 4

連載も最後になりました。所謂「地ビール」が今日のテーマです。

平成五年の規制緩和によって全国に興った「地ビール」ブーム。現在その数は150を越えているでしょう。数々の雑誌が特集を組み、単行本の数も、近頃では、ワインのそれに匹敵するほどの勢いです。テレビでもその設備の妖しくも美しく光る映像を見る機会が増えました。もっとも、アキッぽいマスメディアの最近の合言葉は「ハーブと地ビールは取材価値無し」なのだそうですが、思えば、「地ビール」はそれほど一般的になって仕舞ったと云うべきなのかもしれません。四年で成熟期とは「おそれ入谷の鬼子母神」ですが、醸造する者、味わう側から見れば、これからが長い道のりだと思います。

さて、秋田では、この九月に田沢湖芸術村わらび座さんが「田沢湖ビール」を発売し県下の先陣を切りましたし、手前味噌ですが、私ども「(株)あくら」も、97年11月初旬の初陣を果たしました。おそらく、ここ数年内に秋田でも二、三ヶ所の「地ビール」が誕生することでしょう。

ところで「地ビール」を何と訳しますか。ドイツ語には「地ビール」に当たる言葉がなく、ビールはビールなのです。英語ではクラフトビールと充てますが、これは文字どおり手造りビール。でも、麦やホップや酵母を全て自家栽培(培養)している蔵は極少数ですし実際には「吟味」して後購入し使うことになります。では、設備にコンピュータなぞのハイテクを駆使しない(出来ない)から「手造り」?。

でもモーターは使います。ローテクが金科玉条の売りである愚は、「民芸ブーム」の折りの「悪貨が良貨を駆逐」した事態を思いおこせば理解できるでしょう。職人衆は恐ろしい程「ハイテク」なのです。「地ビール」って何ぞや、と問う時、おそらくは、醸造手段から決めつけて行くことは不毛なのであって、出来上がったビールを呑みながら、その結果を醸造にフィードバックさせてゆくしか無いと思われます。

そして肝心なことは、「地ビール」のファンというのは十人中十人では絶対にあり得ず、それどころか、そうではいけないということなのです。「十人中一人」こそが地ビールを「地ビール」たらしめてゆく原動力なのです。努力は一人を二人に増やすことに傾注されるべきではなく、しっかりとその「一人の期待/理解」に答えてゆく造りを全うすることでこそ、報われるべきだと思います。(もっとも、十万人の一割は一万人ですから、膨大です。)

地ビールがビックビジネスではなく、又スモールでさえなくマイクロビジネスであると云われる所以であります。先に「理解」と書いたのは、例えば江戸時代の優れた職人さんは注文主の顔と頭の中(ハート)が見えましたし、古今東西、歴史上の多くの傑作(制度もそうですが)はそうしてこの世に誕生したのだと、私は思っております。芸術(本来的技術)は、例え具体的施主が想定されていないとしても、作者は自分と対峙することによって、未来の施主の理解を勝ち取るのです。それは「恋」に等しいかもしれません。ものを創る者、須く一般大衆などと云うべきではないのです。

些か大上段の書生談義になりましたが、「我がビール又然り」、と云うのが私の信ずるところであります。

次回は、おっと、今日が最終回でした。次回は是非「地ビール」をお楽しみ下さるようお願い申し上げ、私の拙い連載を終わることと致します。

((株)あくら代表。日本JCBA/米AHA/米IBS会員。JCBA/シイベル醸造科学技術研究所認定マスター・イヴァリュエイター。)

アーカイブ