BEER’S TALK 1

レーゲンスブルクというドイツの街をご存じですか。秋田市の姉妹都市パッサウと「裁判」で有名なニュールンベルク市とのほぼ中程に位置する、二千年を越える歴史をもつ美しい町です。世界最大のホップの生産地であるハラタウと呼ばれるこの一帯には、小規模ながらも多くのビール醸造所があり(ドイツ一の密度です)この辺りの一人当たりの年間ビール消費量は240・、その量は日本の4倍以上だと報告されています。

このレーゲンスブルクに、古い建物(事実、それは準文化財指定)を改築したブリュー・レストラン(ビール醸造設備を持ったレストラン)があります。年間二百数十・のビールを醸造し、その全てをこの店だけで売り切るここのブラウマイスター(ビール杜氏)はたった一人の若者でした。

「真鍮:メッシンク」「銅:クプファー」という興味深い名前を付けられたビールは、多くのドイツの小さな醸造所のそれと同じく、濾過処理をしない生まれたままの風姿で供されます。どちらも下面発酵の古典的ドイツ・ラガーで、味の乗った、アロマティックな香しいものでした。同じ会社が、ドイツ北部のハンブルクのど真ん中、運河に面した橋の袂でもブリュー・パブを経営しています。

ビールは矢張り真鍮と銅。でも、味はかなり違いました。美味しい事に変わりありませんが、味は違いました。ハンブルクの方が、よりホッピーで、キレ良く、タイトです。同じスタイルのビールを、違った土地柄の中で楽しむ面白さの一つがここにもあります。

世界で最も多様な展開を見せる酒は、問題なくビールですが、時代と地域性を反映したそのスタイルの多様さは、客観的な評価を難しく複雑なものにしております。先の例でいえば「銅」はデュンケルで「真鍮」はヘレスというスタイルなのですが、この二者の優劣を論じる事は、かなり不毛な議論なのです。それぞれの属性や特徴を披瀝しあうだけだからです。ご飯にのせた、納豆と辛明太子。その優劣論争をするよりは、いい納豆とは何か、安全な辛明太子とはどういったものか、という議論の方がはるかに実り多いはずですし、なによりも、いい状態の両方を食べれば、それでよろしい。ビールもそうなのです。勿論、好き嫌いはあって当然です。でも、その好みを絶対化してしまうのは、将来の大いなる楽しみへの道を、自らの手で閉ざしてしまうことだと思うのです。思い出の「小さな引き出し」が多ければ多いほど心楽しいように、将来への選択肢を豊かにして置くに如くはないのです。

さて、ニュールンベルクの近くのバンベルクという美しい町にはブナで薫煙した麦芽を使うラオホビールがあります。さらに、その近くのノイシュタットの町には、麦汁を加熱する方法として、その中に直接、熱した石をジューッとばかりに放り込む醸造法が十五年程前に再現(1800年代半ばまでの自家用醸造法です)されました。これはさしづめ男鹿の「石焼き料理」で、一方、バンベルクのは仙北の「いぶりがっこ」でしょうか?

ベルギーも又驚くほど多様なビールスタイルを誇っています。そのスタイル数、およそ60。文句無く世界一です。翻って想うことは、日本のビールの造り手も飲み手も、もっともっと多彩なビールの世界に遊び楽しみ苦労をしてもいいのではということなのですが、如何でしょうか。次回はその多様なビールの世界に船出いたします。

((株)あくら代表。日本JCBA/米AHA/米IBS会員。JCBA/シイベル醸造科学技術研究所認定マスター・イヴァリュエイター。)

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